人間はみな、おしである。はんんんんん、ん

冒頭から、いきなり差別用語を用いる非礼をお許しいただきたい。意味はある。

どころじゃすまない…。

我思う、故に我あり、という、哲学の基礎を為す有名な言葉がある。

そうだろうか?

もしそうだったからと言っても、だからなに?としか感じない。

何故か?

私は哲学書を開いたことも無いし、だから哲学の真の姿を知らない。

だが、それ故に明快に書く。

だって、哲学だって、俺を楽にしてくんないし、いわんや助けに来てくれたことなど1回もないもん…。

わかるだろうか?

哲学とは、哲学家志望の若者や哲学科教授、出版社、研究家、執筆家、その奥さんと子供、彼ら一家が良く利用するサイゼリヤの店長と愉快な仲間たちが必要とするもの、であって、その他JR東日本阿佐ヶ谷駅駅長が必要とするのは、時刻表、真っ白な手袋、列車防護時に用いる手旗、鉄道時計等々である故、JR東日本阿佐ヶ谷駅主席助役が必要とするものとは、基本的には似て見えてもやはり違う。はんんんんん、ん









以上、ここまでの文章は、間違いなく私が下書きとして書き下ろし、つい先ほどまで、後生大事に保存してあった代物である。


ちなみに、いつ書いたのかも、もちろん記憶に無い。


しかしだね…。


哲学を論じたかったのか、それとも、JR東日本阿佐ヶ谷駅駅長と、同じくJR東日本阿佐ヶ谷駅首席助役とを対比することによって、未だ解決を見ない、無謀な撮り鉄諸君対国鉄労働組合の合同ピクニックの報告をしたかったのか、はたまた、サイゼリヤのビーフステーキが思いの他美味だったが故に分裂した、某大手家具屋の株主優待席から眺めた、安倍晋三vs習近平の大虐殺マッチ61分3本勝負において、最後の最後に奇跡の大逆転勝利を収めた広瀬すずが、案に反して明らかに女性だった事実を喧伝せんとしたのか、もはや、永遠の謎となった。



しかしその巨大な謎は、同時に、目立たぬが貴重な教訓を私たちに与えもしたのだ。


いわく、眠くなったらさっさと寝ろ!でないと後で、赤っ恥をかくぞ、バカ!である。


おやすみ…はんんんんん、ん